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Better Half's Diary(エバゴルフ・ブログ)

エバゴルフ工房のHPをご覧になって頂きありがとうございます。素敵な言葉・おもしろい言葉・感動した言葉などを書き留めたものが少しあります。出来るだけ暖かい温度を持っている言葉達を選び、足したり、引いたり、掛けたり、割ったりしながら、書き綴ってみたいと思います。ゴルフ・エコ・お花・お笑い・お料理・わが街の事やその時々の思いなど七つのカテゴリーを設けさせて頂きました。よろしくお願いします。              オーナーの妻(管理人)
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小針春芳プロの「私の生きた刻(とき)」那須GC一筋

研修時代小針プロ
<研修時代のドライバーショットのフォーム。開場4年目の那須GC5番ホール。
昭和15(1940)年8月>

ライン13
 
「私の生きた刻(とき)

 プロゴルファー 小針春芳さん(89)  那須GC一筋

恵まれた環境に感謝


 「那須から動かない小針」「那須の神様」とか評されてきました。中村寅吉(なかむらとらきち)さん、小野光一(おのこういち)さん、林由郎(はやしよしろう)さんなどは所属を代えましたが、私は那須ゴルフクラブから「動く理由」がなかったのです。プロにとって恵まれた練習環境を与えてもらって、強くなれたというのは感謝以外の何ものでもありません。一昨年11月までプロとして勤めさせていただきました。
 
 戦前はゴルフを教えてくれる人なんていません。昭和10年代前半の研修生時代は那須GCのクラブハウスにあった2冊の雑誌を食い入るように毎日毎日、見て研究しました。
 ゴルフ雑誌も珍しい時代です。雑誌があるだけで恵まれていました。宮本留吉(みやもととめきち)さんのドライバーショット、戸田藤一郎(とだとういちろう)さんのアイアンショットがお手本でした。戸田さんはトップとフィニッシュに特徴がありました。グリップが腰のあたりまで下りてきているのに、シャフトがまだ真っ直ぐ立っている。そして一気にヘッドが下りてきます。力強いボールが生まれる秘訣でした。
 那須GCの計らいで、研究生の時から冬季閉鎖間は霞ヶ関CC(埼玉)でお世話になりました。20年以上になりました。那須GCのオープンは昭和11(1936)年。開場にあたっては、霞ヶ関CCと設計者が同じということからきずなが強かったわけです。
 12月から4月までだったのですが、5カ月間で3年分ぐらいの練習をしました。寝ている以外はゴルフ漬けの毎日でした。パッティング、アプローチの練習をして、ラウンドが終わったら、また、パッティングと。
 雨、風のコンディションでも競技はやりますから、雨の日も、風の強い日もそれは一生懸命やりました。その中でも特に低い球を打つ練習をしました。低い球はアゲインスト、横風の影響を受けにくい。狭いコースなどで有効なのです。同じ番手で同じ距離をだすのが前提ですが、低いボールで左に引っかけなければ一流。これができれば日本では勝てます。
 私はロングアイアンがどうも苦手。プロで苦手クラブをつくってしまってはいけないと、的を絞ってかなりの練習をしました。でも、体が人一倍硬く、体力が劣る私にはついに克服できませんでした。それをカバーするためにフェアウェイウッドの練習に打ち込みました。とくにクリーク(5番ウッド)を。さらにクリークを削りロフトを変えて6番にしたり、自分の欠点を克服するためのクラブ作りもしました。
 
 これらが実を結び、関東プロ優勝を手始めに、日本オープン優勝など勝つことができました。名前が売れてくると、当然、いくつかのゴルフ場からの誘いもありました。当時、トッププロは引っ張りだこ状態でした。提示額は現状維持の3倍が相場でした。
 所属していた那須GCは、恵まれた練習環境を与えてもらった上に、家族を養っていけるだけの給料を頂ける。トーナメントへのエントリーフィー、交通費の宿泊代もすべて負担してくれました。トーナメントで勝てば優勝祝賀会を開いていただき、受付には奉加帳も置いてくれました。ありがたかったですね。
 だから私は強くなれた。たとえ、驚くような待遇を提示されても首は縦に振れませんでした。誘いはその場ですべてキッパリと断りました。那須GCは私にとって親と一緒です。育ててもらった親を裏切ることはできません。それが「那須から動かない」理由でした。(構成 井上孝男さん)


ライン13


以上は、2010年5月15日、下野新聞「私の生きた刻(とき)」に掲載されたプロゴルファー小針春芳さんの記事です。今回はその13回目です。1〜12回は以前の私のブログをご覧ください。

小針春芳さんは、現在91歳になられ、拙宅から車で5分程の所に住んでいらっしゃいます。

また、栃木県のプロ第一号である小針春芳さんは、「偉業を称え、未来を拓く。ゴルフから」のスローガンで設立された「日本プロゴルフ殿堂」の第1回表彰者7人の一人に選ばれ、2012年3月26日に表彰されました。おめでとうございます!!
 
小針春芳さんと日本プロゴルフ殿堂につきましては、いずれこのブログで紹介させていただきます。
 
次回、 プロゴルファー小針春芳さんの「私の生きた刻(とき)」は、第14回目で最終回になります。どうぞよろしくお願いします。

| Better Half | ゴルフ | 21:16 | comments(1) | - | pookmark |
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| - | 2014/11/23 10:26 AM |
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