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Better Half's Diary(エバゴルフ・ブログ)

エバゴルフ工房のHPをご覧になって頂きありがとうございます。素敵な言葉・おもしろい言葉・感動した言葉などを書き留めたものが少しあります。出来るだけ暖かい温度を持っている言葉達を選び、足したり、引いたり、掛けたり、割ったりしながら、書き綴ってみたいと思います。ゴルフ・エコ・お花・お笑い・お料理・わが街の事やその時々の思いなど七つのカテゴリーを設けさせて頂きました。よろしくお願いします。              オーナーの妻(管理人)
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小針春芳プロの「私の生きた刻(とき)」 ライバル


小針プロ
<日本代表として中村寅吉さんと出場した第7回カナダカップ。
私(小針春芳さん)のドライバーショットのボールを追う寅さん(左)
オーストラリア・メルボルン、昭和34(1959)年>

ゴルフのライン
 
  「私の生きた刻(とき)」


プロゴルファー 小針春芳さん(89)  ライバル


節目で必ず絡んだ寅さん


 私と中村寅吉(なかむらとらきち)さんがライバルとして取り上げられることもありましたが、違います。中村さんは私にとってあこがれであり、目標でした。  

 私がプロとして認められるきっかけとなった、第2回関東プロ招待競技(昭和15年、那須GC)にも中村さんは出場していました。25歳の新進気鋭のプロでした。不思議と私の競技人生の節目には必ず中村さんが絡んできました。
  初優勝した安孫子CCでの関東プロ(1955年)。マッチプレーによる決勝の相手は中村さん。逆転の4 アンド3で当時、日の出の勢いの中村さんを下しました。この1勝はプロとして食っていけると自信になりました。 
 昭和34(1959)年の関東オープン(鷹の台CC)では8度目、4連覇を狙う中村さんに私がストップをかけて優勝しました。2日間72ホールストロークプレーで、初日36ホールを145ストロークでトップに立った私が逃げ切った試合展開です。2位は2打差で石井朝夫(いしいともお)さん、中村さんは4打差でした。 
 私が勝った関東プロゴールドシニア(1989年)でも最後まで優勝争いをしたのが中村さん。私の初めてのカナダカップ(オーストラリア・メルボルン)も中村さんと出場しています。 
 フックグリップで構え、左腰の鋭いターンで目標にボールを運ぶドライバーの技術。飛距離を出すために考えたのでしょうが、自分のものにするには、並大抵の努力ではなかったと思います。アイアンの切れも素晴らしかった。フェード回転で高速グリーンでもピタピタ止めてきました。技術的にも勝てる相手ではありませんでした。
  「パットの神様」とも評されましたが、ショートパットは苦手のようでした。中村さんの優勝で最も有名なのが昭和32(1957)年、霞ヶ関CCで行われたカナダカップ。その時は高速高麗芝でさえにさえ渡ったパットですが、短いパッティングは中村さんの唯一の弱点ではと思っています。ショートパットを残して他人のパットを待っているのが、ジリジリして嫌のようでした。だから、「お先に」が多かったようです。外すこともありました。
 私は目立つことが苦手で、ウエアは無地がほとんど。移動の際も背広にネクタイ。それに対して中村さんは柄物のブレザーに開襟シャツ。ほとんどのプロが移動手段は汽車、バスの時代にスクーターで現れました。車を購入したのも早かった。だからよく比較されました。

 スウィングは私と全く違っていて、参考にすることはありませんでした。でもグリーン外からパットで寄せるアプローチの技は盗みました。パターはテキサスウエッジとも呼ばれました。中村さんは通常より、ギュッと強く握って対応していたのです。このテクニックはお手本となりました。
 裏表のない人、さっぱりした人でした。亡くなる2年前に中村さん、林由郎(はやしよしろう)さん、小野光一(おのこういち)さんと伊勢原CC(神奈川)でラウンドしたのが最後となりました。
 体の具合が悪いなんて知りませんでした。亡くなられたのが2008年2月。2年経ちます。返す返すも葬儀に参列できなかったことが残念でした。なぜかどこからも連絡がなかった。皆さん誰かが私に知らせたと思ったのでしょう。訃報を知ったのは数日たってからです。びっくりしました。4月にPGA(日本プロゴルフ協会)、LPGA(日本女子プロゴルフ協会)合同で都内で開かれた「お別れの会」には出席しましたが、一生の不覚でした。   (構成 井上孝男さん) 
 

ゴルフのライン


以上は、2010年5月8日、下野新聞「私の生きた刻(とき)」に掲載されたプロゴルファー小針春芳さんの記事です。今回はその12回目です。1〜11回は以前の私のブログをご覧ください。
 
小針春芳さんは、現在91歳になられとてもお元気です。

また、栃木県のプロ第一号である小針春芳さんは、「偉業を称え、未来を拓く。ゴルフから」のスローガンで設立された「日本プロゴルフ殿堂」の第1回表彰者7人の一人に選ばれ、2012年3月26日に表彰されました。おめでとうございます!!


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